その他
2027年03月10日 [その他]
人生の終い方 @

みなさん、こんにちは!
後見担当事務です。
当所では常時50名近くの方の被後見人(任意後見含む)の生活をサポートしております。
障害のある方の中には20代の方もいらっしゃいますが、50代後半〜90代後半と中高年の方が多いです。
後見人として、お元気なときの日々のくらしのサポートから病気で終末期状態になった場合の最期の時まで、その方の人生に寄り添っていくことになります。
心を砕いていることのひとつが、「人生の終い方」です。
最期の時まで、その人らしく居られるにはどうしたらいいのか?、後見人として何ができるか?所内で議論を重ね、ご親族や福祉関係者にアドバイスをいただくこともしばしばあります。
これまで50名弱の方を見送ってきた中で、印象に残る「人生の終い方」をされた方のエピソードをお話します。
*プライバシーを考慮し、事実関係の一部を変更しています。あらかじめご了承ください。
神経変性疾患であり、60歳を越えるとその罹患率が増加しアルツハイマー病に次いで頻度の高い疾患です。
下記のような症状を伴い、日常生活に支障をきたしてしまいます。
@ 静止時振戦(手、足、あごなどが震える、静止時に震え、何かしようと手を動かすと震えが止まる)
A 筋肉が固くなる
B 動作が鈍くなる無動または寡動(動き出すのに時間がかかり、ゆっくりとしか動けない)
C 姿勢反射(保持)障害(体のバランスが悪くなり倒れやすくなる、立ったり、座ったり、姿勢を保つことが困難になる)
出典:日本神経学会ホームページ
長年、医療に従事していた方だったので、自分自身の体の状態、これから自分の身に起こりうることを人一倍理解されていました。
病魔がどのように自分の体を蝕み、どのようなことが出来なくなるのかがわかってしまうことはどんなに辛いことだろうかと、そばでサポートする立場として見るに忍びないところもありました。
もともと、竹をわったような性格で、自分に厳しく生きてこられました。他人に対してもどちらかというとサバサバしていてとっつきにくいところも見受けられました。
しかし、根の部分は愛情深い方だったので、サポートする立場の複雑な気持ちを慮ってか、弱音ひとつはくこともありませんでした。
身体の自由が利かなくなってからもヘルパーさんの手を借りて、ご自宅で長いこと生活されてきました。
病気が進行するにつれ、寝返りひとつうつにしても、とてつもない気合と力で体の向きを徐々にかえていくなど多大な時間がかかり、ご本人の体力も少しずつ奪われてしまいました。
本人は自分なりの人生の終い方の段取りを考えており、任意後見人である当所に希望を伝えてくれました。
@ 師範の腕前をもっていたお茶の道具や掛け軸の処分
A 貸金庫の解約
B 自宅の売却と家財道具の処分
C 有料老人ホーム探し
D 都内の有料老人ホームで暮らしているお姉さまに会いにゆくこと
当所としては、体調をみながら負担のないように、ご本人の希望を少しずつ叶えていくためのお手伝いを行いました。
自身の希望していることがすべて叶ったことで「肩の力が抜けて安心した」と口にされたのもつかの間、これまで相当の無理と我慢をしてきたのでしょうか。
体が悲鳴をあげてゆきました。
ご本人にとってはある程度、予測し覚悟してきたことかもしれませんが、相当、ショックだったと思います。
しかし、気丈にふるまい、前もって探しておいた有料老人ホームへの入居手続きをすすめてほしいと当所に依頼されました。
若い頃、仕事も趣味も謳歌し、これまで自分で何でもできていた方だったので、病気になってからも人に頼ることや弱い自分をさらけ出すことが得意ではないように見受けられました。
有料老人ホームに入居後、環境に馴染めるのか、スタッフに頼ることができるのか、後見人としては心配なところがありました。
いわば新天地で新しい人間関係を作る必要がありますし、自宅で生活していた頃よりも身体状況がかなり悪化し、常時介護が必要な状況になるなどスタッフの支援なしでは生活できない状況になっていたためです。
ご本人の中では大きな葛藤もあったかと思いますが、当所の心配も杞憂に終わりました。
施設入居後は、自ら積極的にスタッフの手を借りるようになり、眉間にしわがよるくらい硬い表情をしてたのが嘘のように穏やかな余生を過ごされました。
この方のように、人生の終い方を自分で決めて行動に移していける方はなかなかいらっしゃいません。
潔のよい決断力と病をおしての行動力には脱帽でした。
後見人のお仕事を通じて、人生の先輩がたから多くのことを学ばせていただいています。
自分にとってもどのように人生を全うしたいのか、そのために何が今からできるのか考えるためのきっかけになっています。
後見担当事務です。
当所では常時50名近くの方の被後見人(任意後見含む)の生活をサポートしております。
障害のある方の中には20代の方もいらっしゃいますが、50代後半〜90代後半と中高年の方が多いです。
後見人として、お元気なときの日々のくらしのサポートから病気で終末期状態になった場合の最期の時まで、その方の人生に寄り添っていくことになります。
心を砕いていることのひとつが、「人生の終い方」です。
最期の時まで、その人らしく居られるにはどうしたらいいのか?、後見人として何ができるか?所内で議論を重ね、ご親族や福祉関係者にアドバイスをいただくこともしばしばあります。
これまで50名弱の方を見送ってきた中で、印象に残る「人生の終い方」をされた方のエピソードをお話します。
*プライバシーを考慮し、事実関係の一部を変更しています。あらかじめご了承ください。
70代でパーキンソン病を患い90歳でお亡くなりになられた女性のケース
パーキンソン病とは
神経変性疾患であり、60歳を越えるとその罹患率が増加しアルツハイマー病に次いで頻度の高い疾患です。
下記のような症状を伴い、日常生活に支障をきたしてしまいます。
@ 静止時振戦(手、足、あごなどが震える、静止時に震え、何かしようと手を動かすと震えが止まる)
A 筋肉が固くなる
B 動作が鈍くなる無動または寡動(動き出すのに時間がかかり、ゆっくりとしか動けない)
C 姿勢反射(保持)障害(体のバランスが悪くなり倒れやすくなる、立ったり、座ったり、姿勢を保つことが困難になる)
出典:日本神経学会ホームページ
当所とのかかわり
生涯独身で唯一の親族であるお姉さまも年上で頼ることができなかったので、ご本人が85歳のときに当所が任意後見人としてかかわりはじめました。長年、医療に従事していた方だったので、自分自身の体の状態、これから自分の身に起こりうることを人一倍理解されていました。
病魔がどのように自分の体を蝕み、どのようなことが出来なくなるのかがわかってしまうことはどんなに辛いことだろうかと、そばでサポートする立場として見るに忍びないところもありました。
もともと、竹をわったような性格で、自分に厳しく生きてこられました。他人に対してもどちらかというとサバサバしていてとっつきにくいところも見受けられました。
しかし、根の部分は愛情深い方だったので、サポートする立場の複雑な気持ちを慮ってか、弱音ひとつはくこともありませんでした。
身体の自由が利かなくなってからもヘルパーさんの手を借りて、ご自宅で長いこと生活されてきました。
病気が進行するにつれ、寝返りひとつうつにしても、とてつもない気合と力で体の向きを徐々にかえていくなど多大な時間がかかり、ご本人の体力も少しずつ奪われてしまいました。
人生の終い方の希望
ままならない自分の体と自分に残された時間を天秤にかけながら生活されているかんじでした。本人は自分なりの人生の終い方の段取りを考えており、任意後見人である当所に希望を伝えてくれました。
@ 師範の腕前をもっていたお茶の道具や掛け軸の処分
A 貸金庫の解約
B 自宅の売却と家財道具の処分
C 有料老人ホーム探し
D 都内の有料老人ホームで暮らしているお姉さまに会いにゆくこと
当所としては、体調をみながら負担のないように、ご本人の希望を少しずつ叶えていくためのお手伝いを行いました。
自身の希望していることがすべて叶ったことで「肩の力が抜けて安心した」と口にされたのもつかの間、これまで相当の無理と我慢をしてきたのでしょうか。
体が悲鳴をあげてゆきました。
最後の決断
これまで、なんとか自力で這ってトイレにいっていたものの、体の力が入らずトイレにいけなくなってしまいました。ご本人にとってはある程度、予測し覚悟してきたことかもしれませんが、相当、ショックだったと思います。
しかし、気丈にふるまい、前もって探しておいた有料老人ホームへの入居手続きをすすめてほしいと当所に依頼されました。
若い頃、仕事も趣味も謳歌し、これまで自分で何でもできていた方だったので、病気になってからも人に頼ることや弱い自分をさらけ出すことが得意ではないように見受けられました。
有料老人ホームに入居後、環境に馴染めるのか、スタッフに頼ることができるのか、後見人としては心配なところがありました。
いわば新天地で新しい人間関係を作る必要がありますし、自宅で生活していた頃よりも身体状況がかなり悪化し、常時介護が必要な状況になるなどスタッフの支援なしでは生活できない状況になっていたためです。
ご本人の中では大きな葛藤もあったかと思いますが、当所の心配も杞憂に終わりました。
施設入居後は、自ら積極的にスタッフの手を借りるようになり、眉間にしわがよるくらい硬い表情をしてたのが嘘のように穏やかな余生を過ごされました。
この方のように、人生の終い方を自分で決めて行動に移していける方はなかなかいらっしゃいません。
潔のよい決断力と病をおしての行動力には脱帽でした。
後見人のお仕事を通じて、人生の先輩がたから多くのことを学ばせていただいています。
自分にとってもどのように人生を全うしたいのか、そのために何が今からできるのか考えるためのきっかけになっています。




